LiDAR|スマホとレーザースキャナーは何が違うのか
「3Dに見える」ことと「正確に測る」ことは違う
最近では、iPhoneやiPadにも「LiDAR」と呼ばれるセンサーが搭載されるようになりました。
スマートフォンを持って室内を歩くだけで、壁や床、家具などが3D化され、専用アプリを使えば点群やメッシュとしてデータを書き出すこともできます。
一方、建築や測量の現場では、ライカなどのレーザースキャナーを使って建物を3D計測する方法があります。
どちらもレーザーを使って空間を3D化しています。
では、
「スマホのLiDARとレーザースキャナーは何が違うのでしょうか。」
スマホで建物を3Dスキャンできるのであれば、数百万円もするレーザースキャナーを使う必要はないようにも思えます。
しかし、両者は同じように3Dデータを取得していても、そもそも目的が異なります。
その違いを理解するためには、まず「LiDARとは何か」を整理しておく必要があります。
LiDARとは何か
LiDARは「Light Detection and Ranging」の略で、光を利用して対象物までの距離を測定する技術です。
レーザー光を対象物に照射し、その反射光を検出することで距離を求めます。
つまり、
スマホに搭載されているLiDARも、
建築測量で使用されるレーザースキャナーも、
レーザー光を利用して距離情報を取得するという点では共通しています。
違うのは「LiDARか、LiDARではないか」ではありません。
大きく異なるのは、
測距センサー
光学系
角度計測
測定距離
点群密度
機体の安定性
自己位置推定
キャリブレーション
など、三次元座標を作り出すための計測システム全体です。
その結果として、取得できる3Dデータの「精度」に大きな違いが生まれます。
最大の違いは精度
スマホLiDARと業務用レーザースキャナーの違いとして、まず挙げられるのが精度です。
スマホに搭載されているLiDARは、ARや空間認識などを主な目的として開発されています。
部屋の形状を認識したり、家具を仮想的に配置したりする用途であれば、ある程度の誤差があっても大きな問題にはなりません。
一方、ライカなどの業務用レーザースキャナーは、建築・土木・測量などで使用することを前提としています。
機種や測定条件によりますが、建築物をmmオーダーで計測することを目的として設計されています。
この違いは、一つの部屋を3Dで見るだけでは、それほど大きく感じないかもしれません。
しかし、建物全体を計測すると非常に重要になってきます。
距離だけでは3Dにはならない
レーザースキャナーが測っているのは、単純な「距離」だけではありません。
3次元空間の一点を決めるためには、
距離
+水平方向の角度
+垂直方向の角度
が必要になります。
つまり、「どの方向にレーザーを照射し、その方向の何m先に物体が存在するのか」を正確に記録することで、一つのXYZ座標が決まります。
業務用レーザースキャナーでは、測距性能だけでなく、この角度を正確に計測するための機構も重要になります。
数十m離れた場所では、わずかな角度の誤差でも位置のずれは大きくなるからです。
「持って歩く」と「固定して測る」
もう一つ大きな違いがあります。
スマホLiDARは、基本的に人が端末を持って歩きながら計測します。
そのためスマートフォンは、LiDARだけでなくカメラ、ジャイロ、加速度センサーなどを利用して、
「自分がどこにいるのか」
を推定しながら周囲の3D空間を構築しています。
これは非常に便利な仕組みです。
しかし、歩きながら自己位置を推定し続けるため、小さな位置誤差が徐々に蓄積することがあります。
これが「ドリフト」と呼ばれる現象です。
例えば、建物の中を一周して最初の場所に戻ってきたとき、開始地点と終了地点が完全には一致しないことがあります。
一方、業務用レーザースキャナーは、三脚に設置して本体を固定した状態で周囲を計測します。
一つの場所で計測したら機械を移動し、別の場所でもう一度計測する。
これを繰り返し、それぞれの点群を位置合わせして建物全体の3Dデータを構築します。
「動きながら空間を推定する」のではなく、「固定した地点から正確に測る」。
ここにも大きな違いがあります。
測定できる距離も違う
スマホLiDARは、基本的に近距離の空間認識を目的としています。
室内の壁や床、家具などを認識するには十分ですが、大きな吹抜け、高い天井、建物外観などを計測しようとすると限界があります。
一方、業務用レーザースキャナーは、機種によって数十mから数百mといった距離を測定できます。
そのため、建物の内部だけでなく外観や屋根、高所を含めた建築物全体を一つの3次元データとして記録することができます。
点群の密度も違う
レーザースキャナーから取得される大量のXYZ座標の集合を「点群」と呼びます。
業務用レーザースキャナーでは、非常に大量の測定点を高速に取得できます。
その結果、壁や床といった大きな面だけではなく、柱、梁、建具、階段、装飾などの形状まで高密度な点群として記録できます。
スマホLiDARでも点群やメッシュを作ることはできますが、業務用レーザースキャナーと比較すると取得できる情報量や精度には差があります。
見た目にはどちらも「3Dの建物」に見えます。
しかし、その3Dデータを拡大して寸法を確認すると違いが見えてきます。
「1点の精度」より「建物全体の精度」
建築物を計測するとき、本当に重要なのはレーザー1点の測距精度だけではありません。
例えば、建物の端から端まで30mあるとします。
重要なのは、
「30m離れた二つの柱の位置関係が、どの程度正確に記録されているか」
ということです。
特に既存建築や文化財では、建物が必ずしも設計図どおりに建っているとは限りません。
柱がわずかに傾いている。
床に不陸がある。
壁が完全な直角ではない。
増改築によって図面と現況が異なっている。
こうした状態を記録するためには、単純に3Dモデルが作れるだけでは十分ではありません。
建物全体が一つの座標系の中で、どの程度正確に記録されているのかが重要になります。
スマホLiDARは使えないのか
では、建築調査にスマホLiDARは使えないのでしょうか。
そうではありません。
スマホLiDARには、レーザースキャナーにはない大きな利点があります。
とにかく手軽です。
現地で気になった場所をその場で3D化したり、写真だけでは分かりにくい空間構成を記録したり、後から確認したい場所を補助的にスキャンしたりすることができます。
そのため、
予備調査
現地確認
簡易的な寸法確認
狭い場所の記録
写真を補完する3D記録
といった用途では、非常に有効な道具です。
重要なのは、スマホLiDARとレーザースキャナーのどちらが優れているかではなく、何を目的として計測するのかです。
文化財をBIM化するための点群
文化財建築をBIM化する場合、この違いはさらに重要になります。
BIMでは、柱や梁、壁、床、建具などを単に3D形状として作るだけではありません。
それぞれの部材の位置や寸法を確認し、既存図面、施工図、写真、実測結果などと照合しながら、建物の状態を整理していきます。
その基準となるのが現況の点群です。
だからこそ文化財BIMでは、
「3Dデータを取得できた」
ことよりも、
「その3Dデータを、どの程度信頼できる実測資料として扱えるのか」
が重要になります。
「3Dに見える」と「正確に測る」は違う
スマホLiDARとレーザースキャナー。
どちらも画面上には同じような3D空間が表示されます。
しかし、その目的は異なります。
スマホLiDARは、
「空間を手軽に認識・記録するためのセンサー」。
業務用レーザースキャナーは、
「空間を高精度な三次元座標として計測するための測量機器」。
と考えると分かりやすいでしょう。
スマホLiDARの登場によって、誰でも簡単に建築を3Dで記録できるようになりました。
これは建築調査にとって非常に大きな変化です。
しかし、
「3Dに見えること」と
「測量データとして正確であること」は違います。
文化財をBIMとして記録し、将来の保存・修理・維持管理へつなげていくのであれば、この違いを理解した上で、目的に応じて計測方法を選択することが重要だと考えています。
