文化財×BIM|第4回|再現しないという選択肢
- 「文化財×BIM」におけるモデリング思想 -
「全部作らないと、BIMじゃない」という誤解
文化財をBIM化すると聞くと、
「細部まで忠実に再現すること」が正解だと考えられがちです。
装飾は細かく、部材は一つ残らずモデリングし、
現況を可能な限り立体で再現する――
確かに、それは一見すると“丁寧な仕事”に見えます。
しかし、文化財×BIMにおいては、
作りすぎたモデルほど、使われなくなるという逆説が存在します。
問題は、技術ではありません。
問題は、モデリング思想です。
再現とは「判断を放棄すること」ではない
文化財建築には、必ず不確定な部分があります。
- 当初形状が分からない部位
- 修理で改変された痕跡
- 記録が途切れている部分
これらを「それっぽく」作ってしまうことは、
一見するとモデルを完成させたようでいて、
実は重要な判断を曖昧にしている行為でもあります。
再現しない、という選択は、
「分からないことを分からないままにする」勇気です。
そしてそれは、
文化財を扱う上で極めて誠実な態度でもあります。
BIMで「作らない」ことは、何も失っていない
「ここまで作らないと、意味がないのでは?」
そう感じる方もいるかもしれません。
しかしBIMにおいて、
作らない=情報がないではありません。
- 当初不明
- 形状推定
- 後補の可能性あり
こうした状態を、
パラメータや注記、フェーズで明示することができます。
むしろ、
立体を作ってしまうことで見えなくなる不確実性を、
BIMは構造化して可視化できるのです。
「LODを下げる」のではなく、「意図を定める」
文化財×BIMでは、
よく「LODをどこまで上げるか」が議論になります。
しかし本質は、
LODの数字ではありません。
重要なのは、
- なぜ、この部位は作るのか
- なぜ、ここは作らないのか
その意図が説明できるかどうかです。
再現しないという判断は、
作業を省略した結果ではなく、
専門的な設計判断の結果であるべきです。
モデリングは「記述」であり、「表現」ではない
文化財×BIMにおけるモデリングは、
完成した形を美しく表現することではありません。
それは、文化財をどう理解し、どう記録するかという行為です。
どこまでが確認された事実なのか。
どこからが推定なのか。
そして、どこがまだ分かっていないのか。
その違いを立体だけでなく、属性情報や履歴とともに記述していく。
文化財×BIMの価値は、
建物を「再現する」ことではなく、
建物に関する知識を構造化し、未来へ受け継ぐことにあります。
再現しないことで、未来に委ねる
文化財は、一度完成して終わるものではありません。
新たな調査によって事実が判明し、
修理を重ねる中で、解釈も更新され続けます。
だからこそ、
現時点で分からないことを無理に埋める必要はありません。
「再現しない」という判断は、
未来の調査や修理の可能性を閉ざさず、
次の世代へ判断の余地を残すということでもあります。
文化財×BIMとは、
完成した三次元モデルをつくることではなく、
文化財に関する知識を更新し続けるための基盤を設計すること。
私は、そのような情報基盤を「文化財×BIM」と呼んでいます。
次回予告
次回は、
「文化財×BIMは誰のためにあるのか」
をテーマに、文化財×BIMの利用者について考えます。
設計者、研究者、保存修理、管理者。
立場によって必要な情報は異なります。
文化財×BIMは誰のために作り、何を未来へ引き継ぐのか。
その考え方を整理していきます。
「文化財×BIM」という考え方については、
こちらで整理しています。
実際のプロジェクトにおける構成や判断については、
Case Study に記録しています。

