文化財×BIM|第5回|文化財×BIMは誰のためにあるのか
ー 専門家のためか、未来のためか ー
「誰が使うのか」が決まらないBIMは、必ず失敗する
文化財×BIMの相談で、
意外なほど語られない問いがあります。
それは、
「このBIMは、誰が使うのか」という問いです。
BIMを作ること自体が目的になってしまうと、
モデルは完成しても、運用が始まりません。
文化財×BIMにおいて最初に定めるべきなのは、
LODでも、ソフトでもなく、
利用者像(ステークホルダー)です。
設計者にとってのBIM ―― 判断を共有するための道具
設計者にとっての文化財 × BIM は、
「描くためのツール」ではありません。
- なぜこの寸法なのか
- なぜこの構成なのか
- なぜ再現しなかったのか
それらの設計判断を共有するための媒体です。
2D図面では伝わりにくかった
空間的な関係性や、修理の意図を、
BIMは立体的に記述することができます。
研究者にとってのBIM ―― 仮説を固定しないための器
研究者にとって重要なのは、
BIMが「結論」を示さないことです。
文化財研究は、
新資料の発見や再解釈によって更新され続けます。
だからこそ、
文化財×BIMには、
仮説を仮説のまま保持できる構造が必要です。
確定情報と推定情報を区別して管理できるBIMは、
研究を止めないための基盤になります。
保存修理の現場にとってのBIM ― 記録を積み重ねる場所
保存修理の現場では、
「前回、何をしたのか」が分からないことが、
最も大きなリスクになります。
文化財×BIMは、
単なる形状モデルではありません。
修理の履歴を重ねていく情報の台帳として機能します。
誰が、いつ、どこを、なぜ修理したのか。
その情報が、次の修理における判断を支えます。
管理者にとってのBIM ― 判断を引き継ぐための基盤
文化財の管理は、
人が入れ替わっても続いていきます。
担当者が変わった瞬間に、
知識が失われてしまうことは、
文化財にとって大きな損失です。
文化財×BIMは、
個人の記憶ではなく、
組織としての理解を残すための装置です。
「行けない人」にも伝えるBIM ―― 情報をひらく可能性
ここまで、文化財に関わる専門家の視点から、
文化財×BIMの役割を見てきました。
しかし、文化財×BIMが価値を生み出す相手は、
それだけではありません。
現地に行けない人がいます。
距離や時間、費用、公開状況など、
さまざまな理由で、その建築を訪れることができない人々です。
また、現地に行っても見えないものがあります。
空間の情報構造、設計や修理の判断、確定と推定の境界線。
専門的な解説がなければ気づけない情報が、文化財には数多く存在します。
「そこに行けない人に見せる。
そこに行っても見えないものを見せる。」
文化財×BIMには、保存・修理・管理の枠を超え、
文化財を理解する新しい入口となる可能性もあります。
「全員のため」に作ると、誰のためでもなくなる
ここで、ひとつ注意しなければならないことがあります。
文化財×BIMを、
「みんなが使えるように」と考えすぎると、
結果として誰も使わないBIMになってしまいます。
重要なのは、
・主たる利用者は誰か
・その人にとって何が必要か
を明確にすることです。
そのうえで、他の関係者が参照できる情報基盤として
設計することが重要です。
文化財×BIMは、未来へ判断を引き継ぐためにある
文化財×BIMの利用者は、
設計者だけでも、研究者だけでもありません。
しかし、そのすべてに共通している目的があります。
それは、「判断を未来へ引き継ぐこと」です。
図面だけでは伝わらない判断。
修理記録だけでは分からない背景。
写真だけでは読み取れない空間の関係。
それらを一つの情報として整理し、次の世代へ受け渡していく。
次の修理者。
次の研究者。
次の管理者。
まだ顔の見えない未来の専門家が、
「なぜ、この建物はこうなっているのか」
を理解できるように、判断と解釈を残す。
文化財×BIMとは、
建物を3Dで表現するための技術ではありません。
知識と判断を未来へ継承するための情報基盤なのです。
次回予告
次回は、
「文化財×BIMをどう始めるか」をテーマに、
最初の一歩をどのように設計すべきかを整理します。
最初から完璧を目指す必要はありません。
しかし、思想だけは最初に定めておく必要があります。
文化財×BIMの「はじめ方」を、
実践的な視点から解説していきます。
「文化財×BIM」という考え方については、
こちらで整理しています。
実際のプロジェクトにおける構成や判断については、
Case Study に記録しています。

